亜人を読んでわかった僕が性欲がない人とは深い仲になれない理由
亜人という漫画をご存知だろうか。
最近映画にもなったみたいで、駅のホームにも広告が並んでいる。
一言で言うと、不死身の人=亜人と人間との対立のお話だ。
見かけは完全に人間で、生まれも育ちも人間と同じ、いざ死んでみるまでは自分が不死身だなんてことは全くわからない。死んで初めて亜人であったと発覚する。
こんな感じかな
亜人は人じゃないのか?
冒頭の説明の通り、死んで亜人であると発覚するまでは人間として、人間の感性で生活して生きてきた人たちだ。
人類はそんな人を0か1かで敵とみなして、もはや人権をも剥奪して人体実験なんかを惜しげもなくやりまくる。
これって倫理的にどーなの?
そういった問も作中に描かれている。
ただそういう連中は不安分子として政府にチェックされているような社会事情があったりする。
多数派としてはやはり亜人は人ではない。人権なぞないといった姿勢。またそれを学校でも教えているわけだからそういった価値観にならざるを得ない。
間違った歴史を学校教育ですり込むどこぞの国みたいだ。
死なないだけじゃん!感情は人間のものじゃないか!
そう思って読みすすめていた僕が思わず納得させられたセリフがあった。
決して死なない新種の人類「亜人」。人間は誰しもいつか死を迎えるから自分の一生を全うしようとする。死への恐怖があるから今を懸命に生きようとする。人間が作りあげた文化も宗教も道徳も全て死を意識している。その死から解放された亜人とは一体どんな人間なのか、そして他の人類は亜人にどう対処してゆくのか・・・・・・。亜人 対 人類の壮大なドラマが展開されていきます。ご期待ください。
引用
劇場アニメ『亜人』宮野真守さんらメインキャスト8名が解禁 | アニメイトTV
これは声優さんのコメントだが、漫画の中でもこんなコメントがあった。気になる人は読んで探してみて欲しい。
死ありきの価値観である我々人間社会の仕組み行動ふるまいが、その大前提をひとつ変えただけで全く通用しなくなる。
自分は殺されないから、人を殺して恨みを買ってもかまわない。そういった考えも生まれてくるかも知れない。と。
実は僕らの価値観は死という前提ありきで成り立つものだったんだ。
人間としての本能的な共感ができない
ここまでこれば察しのいい人ならば僕の言いたいことがわかるかもしれない。
3大欲求でもある性欲がない人は、生物としての前提を無視あるいは著しく欠いていることになるんじゃないかと思っている。
僕らがいいものを食べ、暖かい布団で眠り、子孫繁栄させたいと考えるその前提が共有できない人ということになる。
だから僕はどんなに人間的にすごい人格者でも、その一点がかけているだけでどこか人間味にかけるというか、真に共感はできないし、深い仲にもなれない。
特に同世代の人であるならばなおさらだ。
まとめ
むっつりスケベのひと、もうちょいオープンにした方が友達増えるかもよ!!